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庄内刺し子

庄内地方(山形県鶴岡市、酒田市、遊佐町、庄内町、三川町)の冬は、内陸部と比べ雪は少ないですが、日本海から吹き込む季節風は地吹雪を引きおこし、人々の肌を突き刺しました。そのため、農民達は、丈夫な厚手の仕事着を身にまとい、寒さをしのぎました。仕事着には、藍染の木綿を刺したサシコジバンサシコソデナシ裂布さいでを織ったサゴリなどがありました。これら複数の地域で刺されてきたものを総称して庄内刺し子と呼ばれています。
また、酒田市に属する日本海に浮かぶ離島、飛島とびしまの漁家にはウニやヒトデを文様にしたガンゼ刺しやマチゲ刺し、ジャンバラ(海草)刺しの刺された漁業用仕事着(ドンザ)などがみつかっており、これらは飛島刺し子と呼ばれています。
庄内の人々は山と海に囲まれた雄大な自然の中で、生き物や植物を愛でる気持ちを刺し子にあらわしていたと言われています。

元禄時代、すでに最上川水運を数多くの川船が行き交っていました。庄内の米をはじめ、内陸の米、紅花、青苧あおそ、漆、たばこなどの山形県の特産品が北前船に乗せられ京、大坂にのぼり、塩、木綿、茶などが出羽庄内「酒田港」へ運びこまれました。この北前船による交易は、酒田の商人は多大な富を築き、交易品とともに上方の文化も取り入れられるようになり、民衆の生活をも潤しました。米どころ、庄内は豊かで活気のある地域であったようです。このため、この地域においては、一般的に言われる「刺し子は民衆の貧しさから生まれた」とは少し事情が異なるようです。
このような時代背景から、庄内地方は綿の古布が入手しやすかったと考えられ、庄内刺し子では藍染の木綿布に白い木綿糸で刺す手法が広く伝わっていました。北前船きたまえぶねが上方(江戸時代で京都や大阪を初めとする畿内)から運んできた陶磁器や染織物の古布にほどこされた吉祥文様などを見本に、刺し模様として編み出したりしたこともあったのではないかと推測されています。
一部の地域では、白木綿に藍や黒の糸で刺し子をした物もあり、深山信仰に深く関わる行事に際して使用されていたのではないかと考えられています。また、浅黄色の脚絆に刺し子を施した物が山参りの衣装として使われたとも伝えられています。

江戸時代、荘内藩主は領民に刺し子を奨励していました。その元領地では、華美を嫌った酒井のお殿様が奨励したとも言われるかくを施した刺し子着もみつかっています。隠れ刺しとは、藍染の布に白木綿糸で刺した後、仕上げに全体に藍を掛け、刺し子を目立たなくするというものです。丈夫に仕上げるために藍をかけたという説もあるようですが、その時代背景から、農民に質素倹約を強いた結果、そのような手法が生まれたとも言われています。
また、庄内平野の農村部では、嫁入り道具の一つとして一生着られるだけのでたち着物(農作業時に着る着物)を用意する風習がありました。「嫁に来て、年老いて亡くなったときに、まだ手の通してない刺し子着が一枚も残っていないことは、恥ずかしいことだ」とされる話も残っているそうです。一部の庄内農家では、嫁を教育するために足袋刺しというものも行われていました。

(佐藤いづみ 他 『遊佐刺し子に遊ぶ』『続遊佐刺し子に遊ぶ』 より一部引用)

遊佐刺し子

庄内刺し子の中でも、山形県遊佐町に伝わる遊佐刺し子は、印を付けずに一目ずつ刺す横刺しという手法と、独自の美しい文様とその種類の多さ(書籍で確認したところ70種類以上)が大きな特徴となっています。
遊佐刺し子の代表的な伝統文様には、そろばん刺し(商売繁盛)、菱刺し(武芸上達、運気盛隆)、蝶刺し、鱗刺し(大漁祈願)、米刺し(五穀豊穣)などがあります。その他に、他の地域でも見られる、柿の花刺し(豊作祈願)、麻の葉刺し(赤子の成長を願う)、杉綾刺し、山道刺し、段刺しなどの刺し文様も使用していたそうです。中には、上杉花ぞうきんで使われる文様に似た文様もみつかっており、歴史上のどこかでなんらかの関わりがあったのではないかと考えられています。
これらの文様の数々は、昭和の中頃まで続いた、山からまき(たきぎ)そりに乗せて麓に下ろす作業の時に着る橇曳そりひ法被はっぴに刺されてきました。神に祈り、山に入る男衆に着せる橇曳き法被の刺し子は、家族の無事を祈る女性たちの深い愛情と、山岳信仰にもとづいた地域文化に育まれ、根付いてきたものだと言われています。 比較的、新しい橇曳き法被は山に入る時に使用し、古くなった橇曳き法被は田の肥撒き橇を曳く時に着るというように、使い分けられていたようです。また、嫁迎えの迎荷背負いの正装としても使われていたことから、橇曳き法被は主に正装、礼装としての役割があったのではないかと考えられています。世に一つとして同じものはない一張羅を着て山に入ることによって、山の神に対する礼儀、祈りを示したのではないかとのことです。

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